先日、角 祥太郎先生とお近づきになれる機会があり、実に面白い話を聞かせていただきました。
たくさんありますが、そのうちの一つ、「メンタル残高」という考え方。
心に余裕がある状態を「残高が多い」、ストレスや疲れでいっぱいいっぱいな状態を「残高不足」と呼びます。
私の考えと非常に合致していたため、本日はそこをエッセンスとして絡めてお話しします。

スタッフさんが辞めたとき、「うちには合わなかったのだろう」と感じたことはありませんか?
確かに相性の問題は存在しますし、否定はしません。
しかし、果たしてそれだけでしょうか?
随分前に、「承認」について記事を書きました。
「相互の承認関係の欠落」の最終形が、離職です。
では、承認はどのようにつくられ、どのように崩れるのでしょうか?言い換えるならば、「認める」か「諦める」か。
それを的確に表現したのが「メンタル残高」です。

離職は突然起こるものではなく、日々の関係性の中で少しずつ進行していきます。
そう、メンタルにもお金のように残高があり、メンタル残高不足を引き起こしているのです。
院長先生の言葉や態度は、毎日少しずつスタッフさんのメンタル残高を増やすことも、減らすこともできます。
「言われたことだけやればいい」
そんな空気は、自分で考える余白を奪います。
その積み重ねが、メンタル残高を減らしていきます。
組織文化とは、メンタル残高の積み重ねでもあります。

当事者意識を奪われたスタッフさんは、未来を描けなくなります。
未来を失った瞬間から、メンタル残高は減り始めます。
そのため、「経営は院長だけが考えればいい」という前提も少し危険です。
経営における信頼とは、未来を共有できる関係です。
人は「未来がある」と思える場所だからこそ今日を頑張れます。
今いるスタッフさんは、10年後も「ここで働きたい」と思えているでしょうか?
また、本当に経営者によくありがちなんですが、「こんなに給料を支払っている」という前提も誤解を生みやすいです。
給料は「働く契約」を作りますが、「働き続けたい」という気持ちは作れません。

では、メンタル残高は何によって増えるのでしょうか。これは単純に、「対話」です。
スタッフさんは、院長先生自身が思っている以上に「対話」を求めています。
メンタル残高が減る理由はたくさんありますが、増やせる方法は基本的にこの「対話」です。
対話の先に信頼や承認があり、働き続ける理由に変わっていきます。
逆に「何を言っても変わらない。」、要は対話をしても無駄だとそう感じた瞬間から、メンタル残高は急激に減り始めます。
いわゆる「諦めてしまった」からです。

会話と対話は、似ているようで全く違います。
会話は、言葉を交わすことであり、雑談でも、業務連絡でも、会話は成立します。
一方、対話とは、お互いを理解し、信頼を築くための手段です。
相手を論破するためでも、自分の考えを押し付けるためでもありません。
対話は次の5つが揃って初めて成立します。

傾聴する
質問する
共感する
自分の考えも伝える
一方的ではなく一緒に結論を探す

この積み重ねであり、だからこそ、人は「話した。」ではなく、「理解してもらえた。」と感じます。
会話は情報を伝えますが、対話は信頼を育てます。

「指摘すれば成長する」という関わり方も注意が必要です。
間違っても、これは対話とは言えません。
指摘中心の環境では防衛心が生まれます。
防衛心がある状態では本音は出ません。心を閉ざしていますから。
本音が出ない環境では信頼は育ちません。
この場合の信頼とは、安心して失敗を共有できる状態です。
安心して挑戦できる組織。
安心して相談できる組織。
安心して本音を話せる組織。
その土台が信頼であり、それを作るのが対話です。
対話とは、メンタル残高を回復させる時間と言えますから。

臨床だけでなく、多岐にわたる院長業務に追われ、日々忙しくされていると思います。
そうすると、「忙しいから対話は後回し」という判断は一見合理的に見えます。
しかし対話不足は、メンタル残高を確実に削っていきます。
残高が減ると誤解が生まれます。
誤解はやがて不信になります。

不信が生まれた組織では、どれだけ制度を整えても離職は止まりません。
単純なこの「対話」、どれだけの人ができているでしょうか?
離職が続く組織には、必ず「辞める理由」があります。

最近では、1on1(上司と部下が1対1で行う定期的な対話の場)を外部のコンサルタントや専門家に依頼する医院も増えています。
もちろん、それ自体を否定するつもりはありません。
忙しい院長だからこそ、必要なタイミングはありますし、第三者だからこそ話せることもあります。
実際、私も行うことがあります。しかし忘れてはいけないことがあります。
スタッフさんが本当に求めている対話の相手は、そもそも院長先生です。
やり方を学ぶならともかく、「面倒だから」と任せっきりにしていませんか?
外部・もしくは別の人間との1on1で満足しても、院長先生との関係が変わらなければ、メンタル残高は根本的には回復しません。
信頼とは、毎日の対話の積み重ねでしか育たないからです。
対話は外注できますが、信頼は外注できません。

「私の前では本音を言ってくれない」そう思われるかもしれませんが、それであれば尚のこと、普段の関わり方を見直すべきです。
「面倒だから任せる」「辞めるなら仕方ない」という前提は、関わることを拒否するスタンスであり、改善の可能性を止めてしまいます。
離職を、理由なきただの自然現象として扱うと、再発は防げません。
少なくとも私がこれまで見てきた中では、退職理由の多くは院長先生との関係性にありました。「退職した」という結果だけを見ても、原因には辿り着きません。
エスパーでもない限り、対話なしで相手のことを理解するなど不可能です。
一人辞めるだけなら偶然かもしれません。
しかし、二人続けば仕組みの問題、三人続けば文化の問題です。

「合わない人は去ればいい」という考え方は確かに合理的に見えます。
しかし、この考え方こそ、最も危険な思想かもしれません。見方を変えると、それは信頼構築の放棄でもあります。
辞めていく人全部を追え、という訳ではありませんが、「え、君も辞めるの!?」という状況が来たならば、いよいよ考え直さなければいけません。
離職とは、単純に人が辞めることではありません。スタッフさんのメンタル残高が底をついた結果です。
そして、そのメンタル残高を減らしてしまった原因は、一体どこにあったのでしょうか?
日々しっかりと関わっていれば、もっと早くにメンタル残高の減少に気づけたかもしれません。

離職対策として、制度を整え、福利厚生を充実させる。とても大切です。
しかし、制度だけでは、メンタル残高は増えません。そして、メンタル残高は、一度の大きな出来事では増えません。
毎日の「ありがとう、助かった。」
毎日の「大丈夫?」
毎日の「この問題についてどう思う?」
そんな小さな対話の積み重ねで維持し、増えていきます。難しいことではありません。
制度は真似できます。設備も真似できます。給料も真似できます。
しかし、スタッフさんのメンタル残高を増やせるのは、院長先生の「対話」だけです。

スタッフさんのメンタル残高は、今日増えましたか?それとも減りましたか?

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